長宗我部盛親【1】寺小屋師匠になった土佐国主

ゆりか

長宗我部盛親
~寺小屋師匠となった土佐国主~
歴史に隠れた偉人をご紹介します

武将シルエット25


長宗我部といえば、四国統一を目指した『元親』が有名ですが、
盛親はその跡継ぎにして、長宗我部本家を潰してしまった暗愚の2代目?!
そんな盛親の独断と偏見に満ちた注目ポイントは…

生まれは気楽な四男坊。長兄の戦死で、まさかの跡継ぎに大抜擢?!
②傍観のまま関ケ原を敗走!土佐国主から一介の牢人にまで大転落!? 
③大岩祐夢として生きた第2の人生!苦節14年にも渡る寺小屋師匠の清貧生活 
④御家再興の夢を抱いて!かつての旧臣と激突する悲劇の大坂の陣!

という長宗我部盛親の生涯を、史実を参考にした物語でご覧ください^^↓

(※史実ではなく創作小説です)


もくじ
第1話  寺小屋師匠になった土佐国主
第2話  九州征伐
第3話  信親の最期!戸次川の戦い
第4話  跡継ぎ問題と婚姻
第5話  佞臣の暗躍と元親の死
第6話  傍観の関ケ原
第7話  土佐改易と牢人生活
第8話  寺小屋師匠・大岩祐夢
第9話  大坂入城!御家再興の夢
第10話 旧臣の首と大坂の陣





のちの長宗我部盛親こと
幼名・千熊丸は、傳役の桑名弥次兵衛に槍の手ほどきを受けていた。

「千熊丸様!そんな槍さばきでは功をあげられませぬぞ!!」

弥次兵衛の稽古は、元服前の童相手といえど容赦がない。
『合戦の先陣は必ず桑名弥次兵衛』と言わしめる、歴戦の猛将ならではの鬼迫だ。

甘やかしては、いざ初陣となった際、瞬く間に首を取られてしまう。
厳しさは、千熊丸を立派な武将に育てようとする愛情の裏返しだった。


末子の千熊丸は、父の元親からとても可愛がられている。
が、しょせんは期待もされない四男坊。
対して、跡継ぎである長兄・信親は、元親が寄せる愛情も特別だ。

信親に英才教育を施すため、
全国から多くの武芸・文芸の師を招き、手塩にかけ育てた文武両道の勇将。
それが信親である。
今やどこに出しても恥ずかしくない理想の跡継ぎになっていた。

岡豊城下の人々は、誰もが信親のことを慕う。

そんな自慢の息子が褒められると
「我が子ながらたいしたものだ」
と、元親は目尻を下げて照れ笑いを浮かべた。

心血注いだ長兄への父の期待に比べると、千熊丸は一抹の寂しさがある。
甘やかすだけでなく、厳しいながらも懸命に接する弥次兵衛を、第2の父のように慕っていた。





槍の稽古が一息つくと、千熊丸は弥次兵衛に問いかけた。

「弥次兵衛。秀吉様より、九州への出陣命令があったというのは本当か?」

というのは、さる8月のこと。
「急ぎ登城せよ」との秀吉の命に、大坂城に馳せ参じた長宗我部信親。
九州の大友氏を助け、島津を征伐するよう命じられたのである。

「長宗我部と島津は、これまで友好関係を築いてきた。
四国の戦の傷もまだ癒えぬ中、なにゆえ、そのような命令に従わねばならぬのか…」

「それは…」

と、弥次兵衛は苦々しくその経緯を語り始めた。






天正10(1582)年6月2日。
織田信長は、四国(長宗我部)征伐を決意し、今まさに渡海せんとしたその時。

本能寺の変が起こった。

信長の死により、からくも危機を脱した長曾我部元親は、ついに四国統一に王手をかける。
そして、夢の実現もあと一歩というところで…

秀吉から横槍が入った。

「伊予・讃岐を返上すれば、残りの土佐・阿波の2か国は安堵してやろう」

しかし、元親は断固拒否する。
四国は自分の力で切り取ってきた自負があり、それだけの犠牲も強いてきたのだ。

交渉は決裂し、元親はまたも征伐される危機を迎える。
再び奇跡は起こるのか?
…が、今度は本能寺の変は起こらなかった。

10万を超える秀吉の大軍が、阿波・讃岐・伊予の3方向から同時に攻め寄せてくる。
元親は、ただでさえ圧倒的劣勢の兵数を分散せざるを得ず、各地で敗北が相次いだ。

籠城していた将兵も城を捨てて逃げるしかなく、一族重臣は必死に降伏を訴える。
元親は、はじめこれを拒否し、徹底抗戦を主張した。

「このまま決戦もせず秀吉の軍門に降るというのか!?屍の上に恥を塗るようなものだ。
お前らのような未熟者に城を預けたことが悔やまれる。早々に城へ戻って腹を切れ!」

しかし、その後も敗報は続き、ついに元親も断念して講和交渉に臨む。

当初「土佐・阿波は安堵してやろう」という秀吉だったが、矛を交えた以上は敗戦の責めを負う。
元親は、伊予・讃岐・阿波の3か国を秀吉に渡し、土佐一国へと封じ込められてしまったのだ。

こうして、四国統一の夢は霧散した。






弥次兵衛の話を、静かに聞いていた千熊丸はため息をつく。

「敗れた長宗我部は、秀吉様への臣従を余儀なくされたわけか。こたびの出兵もそれゆえ…
秀吉様は、四国の次は九州へと攻め込み、信親兄上がその先鋒を命じられたと伺った」

「危険な先鋒の任を負わされ、敵地に送り込まれるのも敗者の倣い。
長宗我部は、島津とは知らぬ仲ではありませぬが、致し方ありません。
島津兵は精強ですが、長宗我部兵も断じて負けませぬ。
わしも出陣して手柄を上げてみせましょうぞ」

「うむ、弥次兵衛がいるなら心強い。
なんでも父上は、こたびの兄上の出陣命令を聞くや

『お前は若輩だが、討っ手に選ばれたことは武門の面目、生涯の大慶である。
ただし島津義久は隠れなき強者。
対して軍監の仙石秀久は知恵なき男だから、わしも後見役として従軍することにしよう』

と、申したそうではないか。
兄上は、今や誰もが認める勇将であるのに、子離れ出来ぬ父上には困ったものだが…
勇将の兄上と、名将の父上と、猛将の弥次兵衛が揃えば、鬼に金棒だな。
万が一にも、長宗我部が負けるはずがない」

四国統一という大きな夢を失った元親にとって、信親は最後に残された唯一の希望だった。
ひとり九州へ出陣させるのは堪えられないのだろう。

そんな父の心を思うに、千熊丸はふと考える。

(私が初陣を迎えた時は、父上は兄上ほどに気にかけてくれるだろうか……
いや、私と兄上では立場が違う。しょせん私は家を継ぐわけもない四男坊。比べても詮無きことだ。
私はただ、立派な兄の下で懸命に励み、長宗我部家を支えていけばそれでよいのだ)

この戦いが、まさか己の運命を大きく変えてしまうことを、千熊丸は予想もしていなかった。








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