織田信長のマネー戦略【6】兵農分離(後)

ゆりか




戦の常識を覆した兵農分離!
それを可能にしたのは莫大な経済力!


次いで、1570年。
『姉川の戦い』(織田+徳川VS浅井+朝倉)
で信長は勝利するも、浅井長政は小谷城に籠ったまま健在であった。

秀貞「今度はどうするのですか?」

信長「案ずるな。
これまで籠城戦といえば、農繁期になれば農兵は帰らねばならぬから、
城に籠って数か月耐えれば良い、とされてきた。

だが、俺の兵農分離軍団は違うぞ。

何か月でも何年でも城を包囲して、戦場にとどまり続けることができる。
そうなれば、浅井長政は年貢も取れずに根負けするであろう
俺の勝利はまちがいなし!」



こうして信長は、約3年間も浅井長政を攻撃し続け、これも滅ぼした。






信長「粘り強さだけでは芸がない。
天下統一にはスピーディさも大切だ。
臆病者ばかりの織田軍を強くするためにはどうすれば…

そうだ!
臆病者だからこそ、遠くからでも安全に攻撃できる方法。
これからの戦い方は『鉄砲』だ!」

秀貞「鉄砲って…確か、玉をこめるのにやたら時間がかかって、実用的でないのでは?」

信長「一挺ではそうだろうが、これを3000挺ほど揃えればどうか?!
複数人が交互に撃つことで連射可能になるはずだ」

秀貞「さ…3000挺って!
ただでさえ高価な鉄砲をそれだけ揃えるのに一体いくらすると思っているのですかΣ(゚口゚;)//!?」

信長「せいぜい、15億円程度だろう。はした金だ。
他の貧乏大名には無理だろうが、織田家の経済力をもってすれば何てことはない」




こうして信長は、1575年。
『長篠の戦い』(織田+徳川VS武田)
で、鉄砲隊を率いて、戦国最強の武田騎馬隊すらもボコボコにした。






次いで1576年。

信長と敵対し、籠城する石山本願寺。
その兵糧支援のために、大阪湾に向かった毛利水軍が、織田水軍と激突した
『第一次木津川の戦い』(織田VS毛利)

毛利水軍の「焙烙火矢(火炎瓶のようなもの)」の前に、織田水軍の船はことごとく炎上。
あえなく本願寺へ兵糧を運ばれてしまった。




信長「こうなったら、燃えない船を作れ!!」

秀貞「そんな無茶なΣ(´□`;)木造船なんですから、火をつけられたら燃えますよ」

信長「ならば、船を鉄板で覆いつくせ!鉄の船だ!!」

秀貞「Σ(゚口゚;)//

鉄の船などと…この時代、途方もないことです。
なぜなら、鉄はとても重く錆びやすい。

風力では、重い船はなかなか動きません。
遠い未来に、蒸気機関という強力なエンジンと錆止めが出来たから、初めて可能になったのです。

それに、鉄は貴重なので、船を覆いつくすなど…どれほど莫大な費用がかかることか」

信長「この頭デッカチめ!
まずは何が一番重要なのかを考えてみろ。
『燃えない』という一点に尽きるだろう。

大阪湾への侵入を防げば良いだけなのだから、機動力はさほど問題ではない。
最新鋭の大砲と銃器を搭載して、じっと敵を迎え撃てば良い。

この戦いに勝って毛利水軍を撃滅するのが目的なのだから、長期的に航海をするわけでもない。
船が錆びるかどうかなど関係ないではないか!

費用はいくらかかっても構わん!
金に糸目をつけず
に、さっさと鉄の船を作れ!!」

秀貞「は、はい。かしこまりました;;」

こうして、莫大な費用をかけて、世界初の『鉄甲船』を作り出した信長。
毛利水軍を叩き潰し、兵糧が断たれた本願寺はついに降伏した。

信長「ちなみにお前は追放処分だ!
過去に裏切った恨みと、日頃の怠慢が目に余る`Д´
無能な家臣のリストラも、マネー戦略には重要だからな!」

秀貞「えー∑(゚◇゚;)??!!」






1578年。安土城。

信長「苦労の甲斐あって、どうにか兵農分離も軌道に乗ったな」

蘭丸「信長様、大変です!安土城下で火災が発生しました!!」
信長何ぃ?!火元はどこだ?」

蘭丸「弓衆の福田与一の家からです。

どうやら与一は、信長様のご命令である『家族とともに城下に住め』を無視した様子。
妻子を尾張に残したままの単身住まいだったようです。
そのため、火の注意を怠ったのだと…」

信長「おのれ…俺の命令をきかず、そのような失態を犯すとは許せぬ!
他にも同じように単身住まいの者がいないか、徹底的に調べ尽くせ!!」

蘭丸「ははっ!そうおっしゃるだろうと思いまして、すでに調べております。
弓衆60名・馬廻り衆60名が、未だ家族を尾張に残していることが判明しました」

信長「ふむ。さすが蘭丸、仕事が早いな。
信忠(※信長嫡男)に命じて、それらの者の尾張の家を全て焼き払え!
庭の竹木一本たりとも、残しておくことは許さぬ!!」

蘭丸「信長様、それはいくら何でもパワハラすぎるのでは…」

信長「案ずるな。今の時代は、労働基準監督署がないから誰も訴えられぬわ!」



こうして、兵農分離はさらに徹底された。






1582年。安土城。

蘭丸「…というのが、信長様のおもなマネー戦略だ。
兵農分離を成しえた信長様以外は、誰も天下を取ることは出来なかっただろうな」

千丸「どうしてですか?」

蘭丸「例えば、もしも…もしもの話だが。
あの武田信玄が病に倒れず、そのまま京に上って天下に号令をしていたら?
『信長様の天下はなかった』などと、無礼なことを言う者もいる。

だが、これは大きな誤りだ。
その、もしものパターンを『想像』で検証してみよう」






1573年4月12日。
西上作戦の途上。
武田信玄は病のため53年の生涯を閉じる……はずだった。

が。

信玄「武田の旗を、京都に立てるのを見ることなく、死ねるものか!!」

と、執念の復活を遂げた信玄。
三方ヶ原で徳川軍をボコボコにした勢いのまま、ひたすら京を目指した。





蘭丸「信長様~∑○Д○;信玄が京へ向かって怒涛の快進撃です。どうしましょう」

信長「よし。岐阜城に籠って、やり過ごすぞ」

蘭丸「えぇ?!なぜですか?」


信長「今の破竹の勢いの信玄に、まともにぶつかっては家康の二の舞だ。
武田の旗を京都に立てることくらい、一度は夢を見させてやる。

今は農繁期が来るのをじっと待つのだ。

農繁期が迫ればどうなるか?
兵農未分離の武田軍は、軍勢のほとんどを国元に戻さねばなるまい。
そうしなければ、本国の農業生産が停止し、生活自体が立ち行かなくなるからな」

蘭丸「なるほど。
武田の農兵が甲斐に帰った所を叩けば、簡単に京都は奪還できるわけですね。

兵農未分離の武田軍では、京都を維持制圧することは不可能
それが出来るのは、1年中戦える信長様のみ!

信長「ふふん。信玄があと少し長生きしていようが、俺の天下は覆らぬわ」







再び1582年。安土城。

蘭丸「…という想像が成り立つわけで。
謀反でも起こされない限りは、信長様の天下は揺るぎないのだ」

千丸「なるほど。兄上、ありがとうございます。
信長様の偉大さが、改めてよくわかりました。

私も兄上のような立派な小姓になって大河ドラマに出演したい
じゃなくて、信長様のお傍でお仕えしたい!

そう思いましたが…

梁田と喧嘩したのが信長様にバレて
「まだまだ幼すぎる!」
と、叱られてしまいました~>_<;;

信長様のマネー戦略は、子ども相手にも容赦なし!
美濃国の母の許に帰れって、リストラされちゃいました。てへ๑´ڡ`๑」

蘭丸「千丸~`ロ´;;」







この数か月後、本能寺の変が起こる。
森蘭丸を始めとする森兄弟たちは信長と運命を共にした

しかし、末弟の千丸は、リストラによる災い転じて難を逃れる。
のちに『森忠政』と名を改め、後世に森家の血筋を残すのだった。







おしまい。








蘭丸「ちなみに、最近の研究では違う意見もあるらしい。
織田軍が兵農分離をしていたことを示す史料は皆無に等しく、実は兵農未分離だった、と。
今後の研究によって、全く異なった説が唱えられるかもしれないが、今回は従来通りの説を採用した次第だ」

千丸「教科書も、昔とはだいぶ変わってますからね~´▽`」






最後まで読んで頂き、ありがとうございました(*^^*)







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Posted byゆりか

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